大江慎也&The Roostersの軌跡

その昔、ルースターズというバンドがあって、SからZに変わって、大江さんが復活して・・・

大江慎也への想い入れ (2)


■私も覚えがあります / 滝本さん (1999.02.02)

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1999/02/01の投稿文「これ本人?」についての情報が寄せられました
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ぞうさんのQ2のそれ知っています。
私も一度かけて聞いてみたことがあります。
もちろん聞いただけで発言はしませんでしたが。

確かに「Case Of Insanity」を唄った人がいました。
多分大江じゃなかった気が....物まねのような気が...
私の勝手な考えですけれど。
でも大江だったら面白いですよね。録音しておけばよかった。

その曲の何人か後の人が「ふざけんな馬鹿野郎」と言う感じで
その人に怒っていませんでした?
その怒りを聞いて「そりゃあ,怒るのも当然だ」と私は
他人事のように(他人ですけれど)納得していました。

このミステリアスなところがなんか大江っぽい?

 

■「これ本人?」 / 池ぞうさん (1999.02.01)

私はルースターズが解散してから聞くようになったので(ていうか、
ソロ活動もやめちゃってから)なんか情報がないかなーと、
ルースターズを聴き始めた頃思っていました。

その頃はちょうどバンドブームで(今から6.7年前)
宝島とかに「Q2でミュージシャンの情報やファンのメッセージが聞ける」と
いうものがありました。
たまたまその広告を見ていると、ルースターズの番号があります。
「へえ、今頃になってもこういうのがあるぐらい人気があるんだ」
と思いつつその番号にかけてみると…。

最初は、ファンの方のメッセージが3.4件入ってました。
さらに聞き続けると、突然「こんにちは、大江です」の声。
ラジカセのスイッチが入る音がして「ケース・オブインサニティ!」と
言った後は、電話口でラジカセに合わせて歌っていて、そのまま
メッセージは途切れました。
どう思いますか? でも思いっきり大江本人の声だったんですよ。

誰か他に、このメッセージ聞いた人っているんでしょうかね。
メッセージは、ある一定の時間が経ったり、メッセージ件数が増えると、
古い物から順に消去されるようで、2~3週間後には聞けなくなってしまいました。
私が大江の声を聴き間違えるわけはない! とは思うんですが。

ちなみに、『All about Shinya Ohe』が出た直後ぐらいの
時期だったと思います。
それでイタズラ心が動いたんですかねえ…。

 

■VENUS IN FURSへの想い / 彩子さん (1999.01.28)

私が、大江に出会ったのは、14才の時でした。
深夜に放送していた「爆裂都市」を見たのがきっかけだったように思います。
今から、11年ほど前のことでしょうか?
最も、14才の子供が、内容を理解できるわけでもなかったのですが、
「バトル・ロッカーズ」の演奏シーンと、「セル・ナンバー・8」だけは
強く印象に、残っていました。

ルースターズの解散ライブも、雑誌の囲み記事で読んだのを覚えています。
既に、高校生になっていましたが、「大人のバンド」という印象だけで、
忘れてしまっていたのですけども。
ただ不思議と「大江慎也」という名前だけは常に記憶の片隅にありました。
彼が、どんな人間で、何をしているのかすら、ロクに知らなかったにも、
関わらずです。

「再会」は、3年程前にやってきました。その、きっかけが何であったかは
もう覚えていません。
気がついたら、ルースターズ在籍時のアルバム、大江のソロアルバムを
中古屋で探し回っていたのです。
14才の頃の出会いは、運命づけられていたのでしょうか?
いつの間にか、大江の奇妙な声は私の1部になっているのです。
まあ、始終聴いているわけではないですが、2ヶ月に、一度は
聴かなければ耐えられない(笑)状態になります。
タチの悪いドラッグ中毒のようですね。(笑)
どうして、こんなに大江に惹かれるのでしょうね?
彼は、もう現役ではないし、たぶんシーンに戻ってくること
(願ってはいますが)はないでしょう。

それでも、なお求めているのです。彼の歌が聞きたいのです。
かなわぬ願いでしょうか?
大江は、確かに歌の上手いシンガーではありません。
だけど、聞いている者の魂を、鷲づかみにすることが出来る
シンガーは、本当に数少ないと思います。
私は、大江の歌で魂を鷲づかみにされたいのです。
歌で魂が抜けてしまうような経験をしたいのです。

大江の歌の中で、最も愛するのは
VERVET UNDERGROUNDのカバー曲
「VENUS IN FURS」です。
大江バージョンを聞いて、原曲を知りましたが
私には、この歌は「大江慎也」のものです。
凄まじい孤独と虚無の中を、泳いでいる
ような、歌声をきく度に、大江の世界からは
逃げられないと思ってしまいます。
そして、その世界の住人であることに
不思議と安心を感じます。
やはり、私も、どこか病んでるのかなーと
時々、考えますが(笑)。

ファンになった時期が、遅かったせいで数々の映像が
廃盤になっています。
私が、ちゃんと見ているのは、久保講堂のライブ映像と
前述した「爆裂都市」(これは、大江と池畑さんだけですが)のみです。
パラノイアック・ライブ」だけでも、せめて見られないかと
中古レコード店や、中古展示会なども見て回って2年近くたちますが、
いまだに出会うことが出来ません。
すごく、見たいのですが・・・・・。

このページで、初めて大江の生年月日を知りました。
大江は、もう40才になっていたのですね。
14才の時、初めて会った映像の中で彼は皮の上下を着てベースを
弾いていました。
九州の言葉で話し、目の大きな少年の印象でした。
人は、変わっていきます。
だけど、私の中で「VENUS IN FURS」が、流れている限り、
大江慎也」は決して年をとることはありません。
朴訥で誠実な、パンク・ロッカーのままなのです。

 

■「アマチュア時代の大江慎也」へのRESです / C.G.さん (1999.1.5)

はじめまして。
「アマチュア時代の大江慎也」(1997.12.20)nobさん へのRESです。

僕もほぼ同じ時期に北九州で高校生やってました。
1年以上も前の投稿文に対して揚げ足取りのようで恐縮ですが、
以下の記述について思い出したことがあります。

>そういえば、こんなエピソードがあります。
>ボーカルの南が花田裕之に会いに花田の高校に来たら、学校中大騒ぎになっ
>たということです。
>そのときの南の格好は、金髪に学生服、そして赤のスリムのジーンズ。
>こんな高校生、当時ほとんどいませんでした。
>妹の友達が、人間クラブが大好きでよくライブに行っていました。
>ほんと、地元のバンドという感じでした。
>懐かしいですね。

南くん、花田くんは同級で、北九州市内の別々の県立高校出身ですが、
いくら当時の北九州の高校生が悪かったと言っても、県立高校が金髪を
許すほどではなかったと思います。
(ちなみに当時の北九州の不良高校生の風俗は、
 そのまんま漫画のビーバップハイスクールになっています。
 作者が、やはり同世代の北九州出身だから)
僕の記憶では、南くんが金髪にしたのは、人間クラブを始めた頃だから
高校は卒業していたはず。
で、なんで、nobさんが上記のような勘違い(記憶違い)をされたの
だろうと考え、ふと思いついたことがあるのです。
それは、花田くんは高校を1年留年している、つまりダブりなのです。
だから、上記のエピソードは、高校を卒業した南くんが、まだ高校生だった
花田くんに会いに言った時ではないかと思われます。

ちなみに、南くんと灘友くんは同じ高校で、「自慰獣」(ジージュ)という
バンドをやってました。
まだパンクというより、ニューヨークドールズあたりのカバーをやってた
ように思う。
井上くんはまたまた別の県立高校のいっこ下ですが、彼も「自慰獣」に
参加していたような・・・・(この記憶はかなり曖昧)。
さらに、「自慰獣」解散後、「人間クラブ」に到るまでのかなり
短期間ですが、「南浩二&CLUMP」というバンドがありました。
このバンドは、かなりロンドンPUNKを意識したサウンドで、
この時はじめて花田くんが参加したんだと思います。
ちなみにドラムは、やはり南くんの同級でまたまた別の県立高校生の東川くん。
(ややこしくてスイマセン。別に高校の実名だしてもいいだけど・・・(笑))
彼はのちの「UP-BEAT」デビュー当時のギタリスト東川のお兄さんです。

また、「人間クラブ」初期のベーシストは、井上くんではなく、
これまた南くん、灘友くん同級生の・・・・・名前はど忘れした。
この頃、井上くんは「ラグドール」というバンドでボーカル&ギターやってましたね。
この時のドラムは、のちに池畑くんの後がまとして「ゼロスペクター」→
カッティングエッジ」に参加する広瀬くんでした。

うーん、書き始めると約20年前の記憶が一気に蘇ってきました。

最後におまけですが、「人間クラブ」のバンド名は
太宰治の「人間失格」からきているということは、
大江くん本人から聞いたことがあります。
(これって、みんな知ってる話なのかな?)

 

■いつになっても最新型 / SHOさん (1998.12.29)

大江慎也の歌 たとえば ロージー は今になっても
またいつになっても最新型です

だから いつだっていいんだ また歌いたくなったら歌えば。
あせることはない。

最高の歌は十年にひとつあればいい

 

■大江さん、そして菊について思うこと / 秋津さん (1998.05.08)

私は2年程前に人に誘われてたまたま行ったライブで初めて
サンハウスの菊のライブを観て以来、とても菊が好きになり、
サンハウスが大好きになりました。
そのサンハウスが20数年振りに再結成するということで、
先日3月1日に博多の福岡サンパレスというホールでライブがあり、
東京から観に行きました。

そのライブは博多のバンドにはとても縁のある九州朝日放送のとある
ディレクターの方が定年退職するということで、その方に感謝の意を
表そうというのがコンサートの趣旨でした。
そのため、その方にゆかりのあるたくさんのバンドが出演しました。
ARBや花田裕之さんが下山さんや池畑さんと現在組んでいるバンド、
元アンジーの面々、シーナ&ロケッツ、菊の今のバンドRuby
そしてサンハウスです。

そのライブで花田さんが「ロージー」を歌うのを初めて聴いて、
とてもいい曲だなあと思い、初めてルースターズのアルバム
The Roosters」を聴きました。
そして初めて大江さんの歌声を聞いたのです。
このホームページもそんな縁でみつけました。

The Roosters」を聴いて感じたことは、ルースターズってとても
サンハウスの影響を受けているんだなあってことでした。
それに大江さんってきっと菊がすごく好きなんだなってこと。
「ロージー」はすごくいい曲です。
ここ一週間ほど私の部屋でパワープレイされています。
「ロージー」を何度も聴いているうちに、これは大江さん自身のことを
歌っているんじゃないかと感じました。

事情はよく分かりませんが、大江さんは今精神的な問題もあって歌を
辞めているそうですね。
私はなんだか大江さんが、福岡サンパレスでのサンハウスのライブを
観ていたらいいのになあ、と思ってしまいました。
菊が歌う姿を観てほしいなあ、と。
サンハウス福岡サンパレスでのライブは私の感想としてはあまり
良くありませんでした。
正直言って菊があまり良くなかった。
菊を愛する私としては複雑な心境でした。

福岡サンパレスでのライブが終わって、鮎川さんのHPの
ゲストブックなどで福岡サンパレスに行った人達の感想を読むと、
みんな良かったと書いている。
良くなかったと感じたのは私だけだったのか?
本当にあのライブは良くなかったのか?
なんだかその後1ヶ月以上も悶々と、
自分の中で消化できないまま過ごしてしまいました。

そして今は私の個人的な感じ方としては、あのライブは
良くなかったと思っています。
だけど私たちファンは、ただただサンハウスを観たい、観たい、と言う。
けれどサンハウスのメンバーそれぞれの現在の状況があり、
いろいろな現時点での想いもあるだろうと思う。
そして現在の周りとの関係性もあるでしょう。
そんないろいろな事が混ざり合った結果として、あのサンハウス
ライブでの菊があったんだと思う。

私はただなんか夢をしゃぶるみたいに、素晴らしいライブを観たいと
望むのだけれど、相手は(菊は)生きているんだから、いろんな答えが
返ってくるんですよね。
なんか「Rockは生き様だ」とか人はよく言うでしょう?
以前は「何だそれ?」とか思っていましたが、最近は本当に
そうなんだなあ、と感じています。
それは“どうしようもなくその人自身であること”なのだと思います。

だからRockを続けていくことが、歌を歌い続けていくことが
菊にとっての切実さなんだろうと菊を観ていると感じるのです。
それは別に格好良いことだけじゃなくて、情けなかったり、
悲しかったり、みっともなかったりもするんだけど、それでも
菊自身であるその切実さを表現し続けているということが、
私にとってはとても凄いことだと思えるし、かっこいいとも思うのです。
だから大江さんにもそれを見せてあげたい。
菊は、あの菊は今も歌ってるよ。ああやって、と。

昨日も現在菊がやっているもう一つのバンド、Blues Lionのライブを
観ていてそう感じました。

随分長くなってしまいました。
それでも私の思うところがうまく伝わっているかちょっと不安です。
すごーく勝手な本当に私個人の思いこみだけでいろいろと書いてしまいました。
ただこんなことを感じている者がいることをお伝えしたかったので。
最後まで読んでいただけたらどうもありがとう。
それでは。

 

■いかしたバンド! ルースターズ! / Kenjiさん (1998.01.26)

はじめまして! 私は今年で30代も半分にさしかかる男です。

大江慎也』というキーワードで検索したら,このWebを見つけ,
おお~,こんなWebもあるのか!と驚いています。
そして,みんなの熱い想いが伝わってくるWebだと想い,私も
是非投稿したくなりました。
私はそんなに熱狂的ではありませんでしたが,ルースターズ
アルバムは良く聞いていました。(初期の頃が好きです)

LIVEは2回見たことがあり,1回目は私の地元で10数年前に
やっていた,知る人ぞ知る,『ロックンロールオリンピック』という
イベントです。
彼らのセカンドアルバムが出た頃だと思いますが,大江が
めちゃくちゃ格好良く,黒のストラトみたいなギターを
かき鳴らしながら,ストレートなロックをシャウトする姿に
衝撃を覚えたのを記憶してます。

そして2回目は,たしか大江が病気から復帰して初のLIVEだったと
思うのですが,法政大学でのLIVEでした。
このときはメンバーも増え,サウンドもガラリと変わっており
(当時流行っていたU2というバンドのサウンドに似てた)そして
大江の唄う姿がとても病的でした。

表情も何か怯えた感じで『LET'S ROCK』では途中歌えなくなってしまい,
みんなで大合唱して励ましたのを覚えています。
当時は何の病気で入院していたのか知らなかった(今も分からない
のですが)ので精神的な病気なのかな~,などと思っていました。

そして私もしばらく音楽から離れていたので知らなかったのですが,
大江氏は引退して帰郷してしまっているのですね。(Webで知りました)
なんか結構ショックですね。
また熱い音楽を聴かせて欲しいです。

なんか昔を思い出して長々と書いてしまい申し訳ありません。
これからもこのWebをちょくちょく見に来ます。頑張って下さい!

PS:
映画『爆裂都市』のバトルロッカーズ(vo:陣内 g:大江
 dr:池畑 他:不明)はメチャクチャ格好いいです!
俺のカセットテープ,どこいってしまったんだろう...